東京地方裁判所 昭和44年(行ウ)13号 判決
原告 高村行雄
被告 本所税務署長
訴訟代理人 森脇勝 角張昭治郎 ほか三名
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事 実 〈省略〉
理由
一 課税処分の経緯
請求の原因1の事実は当事者間に争いがない。
二 推計の必要性
抗弁1の(一)、(三)、(五)、(七)、(九)(ただし、原告は、(七)、(九)中、臨店した係官が複数であつたことを否認するが、この点は、〈証拠省略〉によつて被告主張のとおり認められる。)、(一〇)、(一一)、(一三)の各事実は当事者間に争いがなく、〈証拠省略〉を総合すれば、抗弁1のその余の事実はすべて認めることができる。
右事実によれば、原告は、その営業について収支を明らかにする何らの帳簿も備え付けておらず、また、原始記録類を提出しないのであるから、主として不特定多数の顧客に対する現金小売を行つていた(この事実は弁論の全趣旨により明らかである。)原告について、その所得金額を実額により算定することの不可能であることはいうまでもない。
したがつて、原告の本件係争年分の所得金額を推計により算定し、課税することは当然であつて、何ら違法のかどはない。
三 本件係争年分の原告の事業所得金額
1 売上原価
昭和三九年分 六三二万九六八二円
同 四〇年分 七八三万三六五〇円
〈証拠省略〉に弁論の全趣旨を総合すれば、本件係争年分の原告の仕入金額は、別表一(一)(二)、欄記載のとおりであることが認められる。
そして、原告の期首、期末のたな卸高を明らかにする資料が全く存しないことは弁論の全趣旨により明らかであるから、右各仕入金額をもつて原告の係争年分の売上原価と推定した被告の推計はその合理性を是認できる。
したがつて、売上原価は、頭書金額のとおりである。
2 売上金額
昭和三九年分 八〇三万九七二三円
同 四〇年分 九九六万〇一三九円
(一) 〈証拠省略〉及び弁論の全趣旨を総合すると、原告は、昭和三三年から肩書住所のいわゆる町工場と住宅の併存する下町に店舗を構え、野菜と果物を小売販売していたこと、付近に同業者は少なく、店舗は南向きで、売場面積としては野菜の占める割合が多いことが認められる。
(二) 〈証拠省略〉及び弁論の全趣旨を総合すると、被告は、その職員に命じて、被告税務署備付の「業種目別管理簿」により、管内に事業所を有する個人の青色申告者で「青果業」を営む者を各年分ごとに全部抽出し、更にそのなかから、その者の青色申告決算書によつて、暦年事業を継続していることが確認された者に限り、かつ、そのたな卸高の内訳から青果以外の商品を取り扱つていると認められた者を除いた全員(昭和三九年分については別表二記載の一五名、同四〇年分については別表三記載の一八名)の売上金額、差益金額及び一般経費を調査報告させたところ、それぞれ別表二及び同三記載のとおりであつたこと、また、昭和四七年二月ごろ、当時被告指定代理人であつた西山吉洋が、右調査報告の標本対象となつていた同業者を個別に実地調査したところ、右同業者は、すべて原告と同様野菜と果物の両方を販売している者であつて、総体的にみて各業者とも野菜と果物の陳列状態は大同小異であつたこと、店舗の向きも東西南北様々であり、販売形態も店売り(個人消費者に対する販売)が九〇パーセントをこえるものから売上げの半分程度を特定の顧客層(いわゆる大口需要者)に販売している者まで様々の者が含まれていたことが認められる。
(三) 別表二、三記載の同業者の平均原価率(一一平均差益率〕は、昭和三九年分〇・七八七三、同四〇年分〇・七八六五となること計算上明らかである。
ところで、右認定のとおり、右同業者の平均原価率は、被告管内の原告の同業者たる前記のような青果業者のうち暦年事業を継続していない者及び青果物以外の商品を取り扱つている者を除いた青色申告者全員の売上金額及び差益金額に基づいて算出されているのであるから、原告と右同業者との業種の同一性が明らかであり、かつ、その抽出について恣意の介在する余地がなく、また、その売上金額等は被告保管の青色申告決算書に基づいているのであるから、前記同業者の実在性(これは後に実地調査されたことでも確認される。)、資料の正確性が担保されているということができる。更に、右の同業者の抽出数が資料に客観性を与えるに足りるものであることも肯認しうる。
そして、このように平均率による推計の場合には、業者間に通常存在する程度の営業条件の差異は無視しうるのであるから、平均値算出過程の整合性等推計の基礎的要件に欠けるところがない以上、納税者の個別的営業条件の如何は、それが当該平均値による推計自体を全く不合理ならしめる程度の顕著なものでない限り、これを斟酌することを要しないものと解すべきである。
原告は、特殊事情として、大口取引先に対する値引き販売のあつたことを主張し、更にこれを前提として差益率を算定主張しているが、これにそう〈証拠省略〉は、帳簿等の客観的資料に基づかないあいまいな内容であり、他にこれを裏付けるに足りる客観的な資料は存しないから、とうてい採用することができない。のみならず、本件全証拠によるも、青果業において大口需要者に対する売上げが差益率の低下要因になるという関係を認めるには至らない。
以上のとおりであるから、前示同業者の平均原価率による原告の売上金額の推計は、合理的なものとして是認しうる。
そこで、前記1の原告の係争年分の売上原価に右の同業者の平均原価率を適用して原告の当該年分の売上金額を算出すると、頭書金額のとおりとなる。
3 一般経費
昭和三九年分 四六万九五二〇円
同 四〇年分 五八万九六四〇円
原告は、一般経費として被告の是認する右金額を上回る経費の存在を何ら主張立証しない。したがつて、係争年分の一般経費は右金額のとおりとなる。
4 雇人費、家賃、事業専従者控除額
昭和三九年分 合計 四七万七〇〇〇円
同 四〇年分 合計 六九万一〇〇〇円
右金額は当事者間に争いがない。
5 事業所得金額(課税標準)
以上のとおりであるから、原告の事業所得金額は、
昭和三九年分 七六万三五一三円
同 四〇年分 八四万五八四九円
となる。
したがつて、本件処分に所得の過大認定の違法はないことが明らかである。
四 結論
よつて、本件処分に原告主張のような違法がないことが明らかであり、原告の本訴請求は理由がないから、いずれも棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 杉山克彦 石川善則 吉戒修一)
別表一〈省略〉
別表二 昭和三九年分
同業者
記号
売上金額X
(円)
差益金額Y
(円)
一般経費Z
(円)
A
四七七万三九三六
八八万二八六五
二〇万九七八三
B
八八八万八三八〇
一七六万三三六二
三二万〇六〇八
C
九一九万四五一一
一九八万〇六四二
四八万七〇九五
D
五八八万八一三六
一一三万二九七四
四四万一三三七
E
四八六万三八五五
一〇〇万七九三九
三四万七九三七
F
四六七万三九三九
一〇三万二七二八
一九万〇六五九
G
六三五万七八三〇
一二八万三六〇二
三一万七五五二
H
六二〇万六四五九
一三三万四九九七
三五万七三三六
I
五一二万六五三五
一二三万九一〇五
三九万九八一五
J
九七一万九三一八
一九八万一〇五五
三四万〇一二一
K
五三七万七九七〇
一一七万四九一一
四二万八四九六
L
四六五万三二八五
一〇六万八八一八
三三万八五二四
M
五二〇万七三一二
一〇九万二七四九
三三万四四六〇
N
七二一万〇〇五〇
一六〇万二八一一
四一万四三一三
O
八一〇万〇六八七
一八九万八三一〇
六九万九七五四
計
九六二四万二二〇三
二〇四七万六八六八
五六二万七七九〇
(1) 平均差益率(Y/X)〇・二一二七
(2) 平均一般経費率(Z/X)〇・〇五四八
別表三 昭和四〇年分
同業者
記号
売上金額X
(円)
差益金額Y
(円)
一般経費Z
(円)
A
五六一万九九五〇
一一七万六七六二
三四万一二二八
B
九二二万一六五〇
一八二万〇六九七
三六万六二二三
C
一〇三八万四八八六
二一二万七七一一
五一万六九五四
D
七一七万五六一七
一二九万四三三五
四九万四一五九
E
五四四万二〇七二
一一三万一二二四
三五万八二七四
F
四七二万九二〇二
一〇〇万七三九九
二一万四九七〇
G
六六八万三六八五
一四〇万一四一七
三七万一一六五
H
六九三万二六〇四
一五五万七五一六
三九万五九五五
I
-
-
-
J
八七三万五七六五
一七三万八八三五
三六万五七六七
K
五〇〇万七四〇〇
一一六万七六九五
四四万六一九七
L
五八七万八〇六六
一三六万九六八九
四九万八一九七
M
六六九万〇一八八
一三五万四四四五
三六万三一一〇
N
七九四万六八四二
一七二万七八八九
五三万三五六三
O
九一八万〇九一四
二〇二万三六九五
七九万七一〇四
P
六五八万〇四九〇
一二三万六三八七
三一万四七五七
Q
六三八万四五一〇
一二七万三一五二
三六万一八一九
R
五八五万四五八〇
一一二万三三一二
二九万八八七六
S
一〇〇一万二〇九九
二九〇万四一四一
五七万五三三二
計
一億二八四六万〇五二〇
二七四三万六三〇一
七六一万三六八六
(1) 平均差益率(Y/X)〇・二一三五
(2) 平均一般経費率(Z/X)〇・〇五九二
同業者記号中Iは、昭和四〇年は白色申告者であるため除いた。また、PないしSは同年より青色申告者となつた者である。